おんなはつらいよ 

世界の国からこんにちは

ベルリンの壁の向こう側

 巡礼者の街から飛び乗った飛行機は、フランスの上空を越えドイツの首都ベルリンに降り立った。「ありがとう」という言葉も「グラシアス」から「ダンケシェン」に変わり、街の様子もどこかのんびりしていたスペインに比べ、シャキっと整った雰囲気に変わる。

超先進国ドイツ。なぜだか今までこの国に特別な興味を抱いたことはなかった。

ここ数年、もっぱらアジアや中東を旅先に選んでいた。それは、エネルギッシュで混沌とした土地や、無秩序な環境の中で得られる刺激を求めていたからだ。

すなわち先進国は旅の選択肢から自然と外されていたし、ヨーロッパの中でもとりわけ質実剛健なイメージがあったドイツは、縁遠い国だった。

しかし、唯一行ってみたかった都市がある。ベルリンだ。

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 興味を持ったきっかけは、高校時代に見た「グッバイ、レーニン!」というドイツ映画。ベルリンの壁が崩壊し、東西が統合する中で変わっていくドイツ。時代に翻弄されながらも、それにうまく順応していくしかない庶民の姿をユーモアを交えながら、一人の青年とその家族の視点でコミカルに描いている。

それにしても映画の力はすごい。時代も国も性別も優に超えて、日本のちっぽけな女子高生に世界への好奇心の扉をこじ開けてくれるのだ。

今のドイツの世界的な立ち位置や、経済、社会を考えれば考えるほど、たった28年前まで東と西で国が分断されていたなんて、にわかには信じがたい。

20世紀の世界の歴史はベルリンに象徴されているという。

そんなベルリンをぜひ一度見てみたかったのだ。

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(東西ベルリンの境界に位置し、現在は東西ドイツ統合の象徴とされるブランデンブルク門。)

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(街の至るところに展示されている”ベルリンの壁”の欠片)

 さて、私は空港である友人と待ち合わせをしていた。専門学校時代の友人、ようちゃんである。

遡ること一ヶ月前、今の会社を辞めて転職することになったという彼女に「中欧ヨーロッパ一緒に周らない?」とお誘いしてみたのだ。

学生時代からフットワークが軽くて、行動力のある彼女からは、「行く!」と二つ返事が返ってきた。私より6つ年上のようちゃんは、読書量が豊富でとても物知り。当時高校を卒業したての私に色々なことを教えてくれた人だ。

そう言えば、旅人たちのバイブルである、沢木耕太郎の「深夜特急」を教えてくれたのも彼女だった。多くの人がそうであるように、私もこの小説に魅了され、いつしか長い旅に出ることを夢見るようになっていったのだった。

今日から約20日間、私たちはベルリンをスタート地点にゴールのクロアチアまで、駆け足だが一緒に中欧ヨーロッパを周る。学生時代、「いつか一緒に旅したいね」と何度も口にしていたから、今回の旅の実現は感慨深いものがある。

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ホロコーストで殺害されたユダヤ人犠牲者を追悼するための記念碑)

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(冷戦時、東側から西側へ壁を乗り越えようとして亡くなった方々を慰霊する十字架)

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(壁崩壊までの説明が書かれている。こういう説明書きが街に沢山ある。)

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(第二次大戦中に空爆されたカイザー・ヴィルヘルム記念教会。戦争の悲惨さを忘れることがないように、そのままの姿で保存されている。)

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(カイザー・ヴィルヘルム記念教会の隣に新しく建設された、近代的な教会。)

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旧東ドイツの象徴的な建物であるテレビ塔)

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(同じく旧東ドイツ時代の建物、世界時計)

第二次世界大戦時、ナチス政権の最後の戦場となったベルリンは、徹底的に破壊され、壊滅状態になったため古い建物が少ない。また、冷戦時代に東ドイツに建設されたソ連らしい近未来的な奇妙な建物も多く残っている。

細い路地や石造りの古い建物といった、いわゆるヨーロッパ的な街並みとは少し違い、新しい街という印象だ。

よく考えてみると私の好きな東京の街もやはり、戦後焼け野原から再建された新しい街であるということを思い出す。外国を通して自分の国を見つめ直すことは面白い。

それにしてもベルリンという街は、至るところに戦争慰霊碑や、モニュメント、メッセージ性の強いアートが点在している。戦争や近代史に関する資料館や博物館も非常に多く、この街がいかに歴史的な出来事の舞台となってきたかということが、歩いているだけで伝わってくる。

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(東西境界線上に置かれていた国境検問所、チェックポイント・チャーリー。実際存在した場所に再現されている。)

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戦時中に同盟国だった日本とドイツ。敗戦後、紆余曲折を経て、その後大きく経済成長を遂げた。今の日本とドイツに戦争の面影を見つけるのは正直言って難しい。

どちらも大きく発展し、成熟しきってしまったようにも思える。そういう意味では私たちは、表面上似たような境遇なのかもしれない。

ただ一つだけ大きく違うとしたら、この国は自分たちの負の歴史を「絶対に忘れない」という意思を、目に見える形で表明しているところだろうか。被害の歴史も、そして加害の歴史も両方だ。

たった二日間の滞在だったが、私はドイツの人々の歴史を受け止め、向き合う覚悟、そしてそこから学び、未来を築いていこうとする強い意志を感じた。

見たくないものを見ようとすること。それは70年前のように間違った道へ再び歩き出さないための一歩。そしてそれは、平和な未来に進むための一歩である。

私たちはどうだろう。満たされた時代に生まれ、自由で豊かな日本しか知らない若い世代の私たちは、この国が今の姿になるまでに歩んできた道というものを、やっぱり忘れてはいけないと思うのだ。良いことも悪いことも全部。

忘れないということは、決して後ろ向きな行動ではなく、前に進むための前向きな行動だと思うから。

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(壁が崩壊した後、世界各国のアーティストが絵を描いたイーストサイドギャラリー)

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ベルリンの壁の裏側で、シリア内戦に関する展示を行っていた。)

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ベルリンの壁が崩壊しても、世界には未だに沢山の壁がある。

例えばその壁は、イスラエルパレスチナ分離壁や、難民の前に立ちはだかる国境という目に見える壁だったりする。

けれど多くの壁は、宗教、文化、言語、環境、価値観の違いから生まれる、目には見えない壁だ。

世界各地でテロが相次ぐ中、新たに生まれる憎悪や偏見が、また新しい壁を作っていく。

今、ドイツは移民の増加が大きな社会問題になっているという。また、シリア内戦以降、多くの難民がバルカンルートを渡りドイツを目指し、中東の混乱が欧州へと派生していく。

安全でより良い暮らしがしたいと願う気持ちは、どんな国の人も同じはずだ。

誰だって何の不安も心配もなく、次の日が当たり前に訪れる場所で生きていきたいはずだ。

けれども違った思想や生活習慣を持つ人々が、同じ場所で共に生きていくことの難しさ。

グローバル化という言葉と比例して、世界はどんどん内向きになっている。どこの国も多分、自分たちのことで精いっぱいなのだ。

ベルリンの壁の向こう側には、また新しい壁があった。

 

無知から生まれる恐怖という壁は、目の前の相手を知ろうとする心がなければ壊せない。私はその壁を壊したいと思うから、知ることからはじめることにした。

そしてこの旅を「きれいなものだけを見る旅」にはしたくないと思った。

答えの出ないもの、胸がヒリヒリするような、そういうものを少しでも自分の目で見たい。そして考えたい。それが今、自分が一番したいことなのだとわかったから。

ドイツからスタートした中欧ヨーロッパ、旧ユーゴスラビアをはじめとするバルカン諸国を巡る旅で、私は今の世界情勢を投影する出来事にいくつか遭遇した。

自分の目で見たものはもう、テレビの中の世界でも、教科書の中の世界でもない。

紛れもなく、そこに存在する事実なのだ。